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浦和地方裁判所熊谷支部 昭和44年(ワ)261号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して金一億一〇五九万〇〇四七円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (鉱業権取得の経緯)

(一) 原告は、滑石、石綿の掘採を目的とする埼玉県採掘権登録第一一〇号、同第一一二号、埼玉県試掘権登録第二〇六〇号(以下単に第一一〇号、第一一二号、第二〇六〇号という。)の鉱業権者であり、鉱区二万七一〇二アールを有する八和田鉱山を経営している。

(二) 原告の元代表取締役訴外岩田稠は、現在の八和田鉱山一帯に滑石の豊富な鉱脈を発見して、滑石、石綿の掘採並びにこれらの製品の販売を目的とする原告の前身である岩田石粉工業株式会社を設立したが、昭和二六年一月三一日新鉱業法が施行され、法定鉱物に滑石が加えられたため、原告は当時立教大学教授であつた地質学者石島渉に鉱床の調査を依頼し、その調査結果に基づき昭和二八年二月一八日試掘権の申請をし、埼玉県試掘権登録第一二七四号の設定登録を受け、続いて転願により昭和三五年一二月二二日埼玉県採掘権登録第八〇号(以下単に第八〇号という。)の設定登録を受けた。

(三) 前記第一一〇号、第一一二号の各採掘権は、右第八〇号を昭和四一年一二月二六日の鉱区分割により分けたものであり、第二〇六〇号の試掘権は、昭和四〇年一二月二日設定登録を受けたものである。

2  (原告の施業案の認可)

(一) 原告は、第八〇号について昭和三八年五月二二日申請、同年七月一八日認可の施業案に基づき、別紙図面のA箇所に切羽を設置し、採鉱諸設備・工場等を設けて本格的に操業を開始したが、まもなくA切羽における滑石、石綿の掘採量が少なくなり蛇紋岩と称するものが多く出るようになつたので、採掘予定区域全般について鉱区の完全な開発を計画し、昭和三九年春から地質学者を招く等して数度にわたり鉱床の調査をした結果、別紙図面B、C、Dに新しい切羽を設置し、掘採することを決定した。なかでもC箇所(昭和四一年に鉱区を分割してからは第一一〇号鉱区の一部)は他の二箇所に比較すると〈1〉A切羽に最も近く、その工場設備を利用することができる。〈2〉採鉱について法的・地形的な制約がなく推定可採量も豊富である。〈3〉露頭部分の鉱石は滑石として最上質のもので極めて需要が多い。〈4〉採鉱搬出が容易である等多くの利点を有するため、原告は新たな施業案が認可になり次第、直ちにC箇所に切羽を設置し、採鉱に着手する予定であつた。

(二) C箇所に切羽を設置する新施業案(第一一〇号、第一一二号、第二〇六〇号の合併施業案)については、昭和四二年七月二五日認可申請をし、昭和四三年一月一三日その認可を得た。

(三) 鉱業法第三五条前段は、「通商産業局長は鉱業出願地における鉱物の掘採が経済的価置がないと認めるときは、その部分については、その出願を許可することができない」と規定しているが、右規定の適用に関し、通商産業局長は、試掘出願については鉱物の存在の可能性が認められないときは不許可にし、採掘出願については、原則として鉱床の存在を確認しており、かつ、その確認された鉱床の品位および鉱量からみて経済的稼行が可能と認められるときに限り許可しているのである。このことは、行政庁において原告の本件鉱区内に滑石、石綿が賦存していることを認めたものに外ならないのである。

3  (鉱業権侵害行為)

(一) ところが、この間、原告は昭和四二年一一月一七日付埼玉日報に載つた記事により、被告が埼玉県採掘権登録第一一〇号区域内の別紙図面Cケ所を含む約一万二〇〇〇坪の土地(以下本件土地という。)に町立中学校を建設しようとしていることを知つた。

(二) そこで、原告は直ちに被告に対して、「中学校々舎立地選定に関し上申の件」と題する書面をもつて、当該地区には原告の鉱業権が設定されており、今後の施業上掘採予定区域になつているので、校舎敷地の選定に当つてこの点を慎重に考慮されたい旨の申入れを行つたところ、被告からは、当該地区に学校を建設することは既に決定済なので協力されたい旨の非公式な要請があつた。原告は、昭和四三年一月重ねて「陳情書」と題する書面をもつて、原告が施業案を申請していた事情、経営状況、学校建設に協力できる条件を具体的に申し入れたが、被告は当該地区に原告の鉱業権があることを知らなかつた等右申入れを拒否するに等しい回答を示し、同年二月一八日自衛隊施設大隊のブルドーザーを投入して、ことさら別紙図面C箇所に存在する鉱石の露頭部分を切り崩し、土砂をもつてこれを覆没させたうえ学校建設用地の入口とし、その上方一帯を掘り返して整地を始めた。

(三) 被告は、原告が前記「中学校々舎立地選定に関し上申の件」と題する書面を被告に交付した後である昭和四二年一二月二八日以降本件土地の所有者から土地売渡承諾書を集め、その頃、本件土地の所有権を取得してしまつた。

(四) かくて原告の鉱区開発計画は完全に挫折し、企業の存立自体が危殆に瀕する状態に追い込まれたので、原告は、同年二月二〇日「要望書」と題する内容証明郵便による書面を以て被告の態度に遺憾の意を表するとともに、学校建設予定地を変更しないならば、正当な補償をするように要求し、書面による回答を求めたところ、被告は代理人をして早急に然るべき措置を講じる旨の回答を寄せて原告が法的救済手段をとるのを押えつつ、実際には補償について何等の具体的な措置をとることもなく、一時中断していた学校建設のための土地造成工事を再開してしまつた。原告はやむなく被告を相手として同年六月二七日浦和地方裁判所熊谷支部に鉱業権に基づく妨害排除の仮処分の申請をした。

(五) 被告は、仮処分手続継続中も学校建設工事を着々と進め、校舎敷地、運動場の整地を終り、校舎の建築を完了し、第一一〇号鉱区と第一一一号鉱区との境界にある町道三二号線の南北両側から校庭に至る通学道二線を第一一〇号鉱区内に作り、昭和四三年一二月一八日町道第二〇四二号、同第二〇四三号として自ら路線認定を行ない、原告が町道三二号線を鉱石の搬出等に使用することをも町民の収益を無視して行うものであるから承諾できない旨の意思を表明するに至つた。

(六) その結果、原告は鉱業法第六四条により学校敷地一万二〇〇〇坪とその周囲五〇メートルの範囲内で鉱石を掘採することが永久に不可能になつたばかりか、町道三二号線の使用を禁止されることにより第一一〇号鉱区全体について鉱石を掘採することが極めて困難になつた。

4  (被告の行為の違法性)

(一) 鉱業権は、土地所有権又は土地使用権とは別個の独立したものであり、鉱区内において許可を受けた鉱物及びこれと同種の鉱床中に存する他の鉱物を掘採し、取得する独占排他的な権利であり、その性質において公法的色彩を有する私権である。従つて、鉱業権者は他人の正当な権利を侵害しない限り鉱業権の当然の効果として鉱区内の地下使用権を有する。

(二) ところが、鉱業権の設定されている土地に公共用施設が設置されるときは鉱業権の行使は法令上重大な制約を受けることになる。この場合、公共用施設を設置するものにとつては公共の福祉実現のための土地の合理的利用であり、また土地の通常の利用方法であるとしても、鉱業権の行使を阻まれる鉱業権者にとつては国から与えられた鉱物採掘に対する期待的利益を失う結果となる。従つて、公共用施設を設置しようとするものは、その施設の設置により鉱業権者の被る損失を填補すべきである。これは公益目的を実現する行為に不可避的に伴うところの私有財産の損害はこれを填補しなければならない趣旨を明らかにした憲法第二九条第三項の基本的要請でもある。

しかして公益目的を実現する行為が、その手段方法において社会通念上著しく不当であり、且つその結果他人の権利を侵害するときはその行為は違法である。

(三) 特殊な設備、例えばトンネル、ダム、鉄道、超重量施設等を設置する場合は、普通の住宅、農耕、植林等に土地を利用する通常の土地利用方法とは異つた特殊な土地利用方法である。このような特殊な土地利用方法は同一地域に存在する鉱業権の実施を著しく阻害し、鉱物資源の開発に重大な支障をきたすことになる。これは鉱業権者にとつてはその性格上当然受忍すべき範囲をこえる制約であり、逆に土地所有者について見れば社会的に認容されうる範囲をこえた権利の行使であつて、鉱業権者の同意のないその権利の行使は違法である。

(四) 原告が本件土地に町立中学校の建設が内定したことを埼玉日報の記事で知つてから、被告が本件土地に校舎及びその他の附属施設の建設を了するまでの経過は前述3(一)ないし(六)のとおりである。

しかして被告は、本件土地を含め、校舎建設候補地が五か所ある中から、鉱業権の設定されている本件土地を選択し、本件土地の鉱業権者である原告に対して事前に了解を得ることも連絡さえもしなかつたこと、上申書提出後の会談において町長は「鉱業権の設定されていることを全然知らなかつた」とあり得べからざる言訳(鉱業出願の審査の過程で鉱業法第二四条の知事協議がある以上被告が鉱業権の存在を知らない筈はないのである。)をし、まだ地主から土地売渡承諾書さえもとつていないのにかかわらず、既に本件土地に校舎を建設することは決定済だといつて原告の申入につき検討審議さえしなかつたこと、陳状書に対して回答をせず、敢えて本件土地の切羽予定地にブルドーザーを入れ、露頭を崩し、急坂な学校道入口を開設した(かなり後になり反対側に緩やかな学校道をもう一本開設した。)こと、補償金支払の意思がなく、従つて原告の法的救済手続を遅らせる手段としてしか考えられないような話合を原告代理人事務所で行つたこと、仮処分係属中被告は校舎の基礎工事のためのボーリングをし、その結果一方的に本件土地に鉱物はないと主張しながら、原告からの紛争の早期公平な解釈を図るためのボーリングを拒否し、建設工事を進めて行つたこと、町道三二号線の使用を禁止する態度を見せたこと等は明らかに社会通念上著しく不当であり、原告の鉱業権を侵害するものであるから被告の土地利用行為は違法といわざるを得ない。

5  (被告の故意、過失)

前述4(四)に述べたところにより被告に故意或は少なくとも過失があることは明らかである。

6  (損害)

このようにして、被告は、住民のため誠実に法の執行に当たるべき地方公共団体としての責務を怠り、原告が鉱業権者として正当に享受し得べき利益を故意に侵害し、原告に対し次のような損害を与えた(損害額の算定は、公共用地の取得に伴う鉱業権の損失補償の評価基準として行政上一般に採用されているホスコルドの評価公式によるべきである。)。

(一) 毎年実現し得る純収益

第一一〇号鉱区の切羽における一ヶ月間の滑石の計画掘採量は一万トン、一年間で一二万トンであるから、山元におけるトン当りの販売価額三〇〇〇円を乗ずると三億六〇〇〇万円の売上を得、このために必要とされる諸経費一ヶ月七三一万四七二一円、年間八七七七万六六五二円を控除しても純収益は一年間で二億七二二二万三三四八円となるが、ホスコルドの純収益算定の基礎となる原価には減価償却費を含まない(電源開発方式、建設省方式)ので右純収益に減価償却費四九万二〇〇〇円を加算すると毎年実現し得る純収益は二億七二七一万五三四八円となる。

(二) 可採年数

第一一〇号鉱区の切羽位置は滑石の露頭であり、掘採の方法は露天掘なので、前記新施業案認可の時期に被告が学校用地を所有者から買収し、校舎及びその施設の建設に着手することにより原告の掘採を妨げることがなければ、学校用地及びその周囲五〇メートル四方合計八万七八五〇平方メートルの区域(用地を正方形と仮定して最少価を算出)における鉱量は一〇一万〇二七五トンであるから毎年一二万トンの鉱物を掘採するとその可採年数は八・四年となる。

(三) 起業費

ホスコルドの方式で控除すべきものとされる起業費の現価は五九六万円である。

以上により第一一〇号鉱区のうち鉱業権の行使が不可能になつた学校用地及びその周囲五〇メートルの区域の予想収益の原価をホスコルド公式を用いて計算すると一一億〇五九〇万〇四七三円(円未満切捨て)となる(別紙計算書参照)。

しかして、右予想収益の現価は即ち鉱業権の価額である。

7  よつて、被告は原告に対して一一億〇五九〇万〇四七三円を賠償すべきであるが、原告は取敢えず右金額の一〇分の一である一億一〇五九万〇〇四七円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否ならびに被告の主張

1  請求原因1(一)は不知。同1(二)の事実中、昭和二六年一月三一日鉱業法が全面的に改正され、法定鉱物に滑石が加えられたことは認めるが、その余の事実は不知。同1(三)は不知。

2  請求原因2(一)の事実中、別紙図面A付近に切羽を設置したことは認めるが、滑石・石綿を掘採していたことは否認する。原告が掘採していたものは蛇紋岩である。その余の同2(一)の事実及び同2(二)の事実は不知。

3  請求原因3(一)の事実は否認する。同3(二)の事実中、自衛隊施設大隊のブルドーザーでことさら別紙図面C箇所に存在する鉱石の露頭部分を切り崩し、土砂をもつて覆没させたとの点を否認し、その余の事実は認める。同3(四)の事実中、「要望書」により原告主張のような陳情がなされたこと、原告が、被告を相手として昭和四三年六月二七日浦和地方裁判所熊谷支部に鉱業権に基づく妨害排除の仮処分の申請をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。同3(五)の事実中、原告が町道三二号線を鉱石の搬出等に使用することは承諾できない旨述べたことを否認し、その余の事実は認める。同3(六)の事実中、原告が校舎建設用地及びその周囲五〇メートルの範囲内で鉱石を掘採することが不可能になつたことは認める。

4  請求原因4の事実中、ボーリングのための土地立入りを拒否したことは認めるが、その余は争う。

5  請求原因5は争う。

6  請求原因5の事実は否認する。埋蔵鉱量、可採鉱量等の算定方式については、日本工業規格(JIS)によつて算定方式が定められている。原告が右の算定方式を採用しなかつたことの合理的根拠は見出しがたい。

また、毎年一二万トンを掘採することとしているが、これを掘採しても、その需要がないことは明らかであり、このことは、原告が他に同様の鉱区を持つているにかかわらず、掘採していないことからも明らかである。

次に、起業費には、土地の取得費、公租公課等が含まれていないようであるが、五九六万円は、土地の取得費にも足りない額である。

7  被告が、校舎、校庭、通学道路を建設した土地(即ち本件土地)には、鉱業法第三条に定める鉱物(以下「法定鉱物」という。)である滑石、石綿は全く賦存しておらず、原告主張の鉱業権は本件土地については無内容のものである。

(一) ある鉱物が法定鉱物といいうるためには、単に鉱物学、岩石学上の鉱物というだけでは足りず、自然科学上鉱物とされるものが、さらに一定の要件を具備しなければならない。すなわち、

(1) まず、鉱業法の対象としての鉱物は、次の各要件をみたすものであることを要する。

(イ) 地中に存する有用鉱物であつて有限であるもの。

(ロ) 一定の鉱床をなして賦存しており、したがつて、地域を限定して開発することが適切なもの。

(ハ) 土壌、砂利、石材としての用途をこえて、鉱物の化学的、物理的性質を利用するもの。

(2) さらに、鉱業法上の適用鉱物とされるためには、次の各要件をみたすため、鉱業法による保護および監督が必要なものに限られる。

(イ) 利用の態様、度合いなどにおいて基礎物質として国民経済上重要な価値を有するものであり、かつ国内に相当量の埋蔵鉱量が存すること。

(ロ) 賦存状況、採掘方法など当該鉱物の特質からみて、その合理的開発のため、土地所有権とは別箇の権利を有する必要が認められるとともに、国家的見地から事業の保護、監督、調整等の規制を行う必要があること。

(二) 本件土地には右に述べた法定鉱物として滑石、石綿が賦存していないのはもちろんのこと、鉱物学上、岩石学上の滑石、石綿も賦存していない。

なお、鉱業権は、「登録を受けた一定の土地の地域において登録を受けた鉱物及びこれと同種の鉱床中に存する他の鉱物を掘採し及び取得する権利」(鉱業法第五条)であつて、鉱区内に賦存する岩石をすべて法定鉱物とみなす権利でもなければ、推定する権利でもない。また、法定鉱物にする権利でもない。同様に、施業案は、鉱業実施の基本計画であつて、通商産業局長が施業案を認可した場合にも右認可によつて通商産業局長が鉱区内に賦存する岩石を法定鉱物と認定したことになるものではない。したがつて本件土地に法定鉱物が賦存するかどうかは、通商産業局長の右許認可とは全く別問題である。

8  かりに、本件土地に法定鉱物である滑石、石綿が存在しているとしても、被告は、本件土地の土地所有者であつて、被告が本件土地に校舎、道路等を建設することは、所有権の正当な行使である。したがつて、被告の右行為は原告に対して不法行為を構成しないことは明らかである。

(一) 本件土地に学校を建設すること及びそのための整地は、昭和三〇年ころの町村合併に関連して、文部省の指導により、中学校の統廃合によつて適正規模の学校を設置するという要請に応えてなされたものである。

被告は校地選定委員会を設け、町議会にも全員協議会を設けて、県当局の指導も受けながら、種々検討の結果、二年七ヶ月の期間をかけて、民意も汲んで本件土地を学校敷地に選定したのである。

(二) そこで、被告は、本件土地の所有権を取得したうえ、整地し、鉄筋二階建管理棟、鉄筋三階建普通教室棟、鉄筋特別教室棟、体育館各一棟及び鉄筋造りプール並びに運動場、通学道を建設したのである。

右のごとく建物、運動場、通学路等の施設を設置することは、土地所有権の通常の利用方法である。土地の通常の利用方法と特殊な利用方法との区別は必らずしも明確ではないが通常の土地の利用方法を、普通の住宅、農耕植林等に限定する合理的論拠はない。およそ、町として住民のために行なわなければならない事務に必要な施設である公園、運動場、道路、上・下水道、学校、体育館等は、いずれの市町村にも一般的に設置されている施設であつて、これを設置することを土地の特殊な土地利用とするにはあまりにも普遍化しすぎているといわなければならない。原告の論法でいけば、ビルの林立する市街地等では、通常の土地利用をしている者はほとんどいないこととなる。

(三) 被告は、当時本件土地に原告の主張する鉱業権が存在することを知らなかつたわけではないが、学校建設は土地の通常利用であること、いずれにしても、本件土地には法定鉱物は賦存しないということで、鉱業権の侵害という問題は生じないと考えていたのであり、現在も、その考えに変わりはないのである。

原告と被告との間で、本訴前に、本件鉱業権の問題で折衝があり、多少の紆余曲折があつたにせよ、被告の基本的な態度は被告に損害賠償の責任はないことで終始一貫していたのである。

原告は被告の折衝態度に全く誠意がないかの如く主張するが若し、原告がそのように感じたならば、原告と被告との本件についての基本的態度の相違に基づくものであつて、被告に他意があつたわけではない。

被告の右の判断は、単に原告自身が過去において掘採しているものは蛇紋岩であるといつていたことを論拠にしているのではなく、被告自身が新井埼玉大学教授の指導の下にボーリングを行なつた結果に基づくのである。

(四) 一方、原告の本件鉱業権は、前述の通り法定鉱物の賦存しない無内容のものであるし、原告は、本件土地内での操業について、何ら具体的な努力をしているわけでもない。

又、本件土地は長瀞系の結晶片岩類及び蛇紋岩よりなりこれらはところにより著しく変質しているが、石綿、滑石鉱床はなく、試料に極くわずか含まれている滑石はその利用方法がないのである。又、もし、仮に、何らかの利用方法があるにしても、かかるものは滑石、石綿鉱床とは呼ばず、鉱業法の対象外なのである。

9  かりに、本件土地に原告主張の法定鉱物が賦存するとしても、被告が設置した校舎、運動場、通学路は、鉱業法第六四条の適用を受ける施設である。したがつて、原告が本件土地の鉱物の掘採につき制約を受け、掘採が不能となつたとしても鉱業法上予定された受忍すべき範囲内のことであつて、被告が損害賠償の責を負ういわれはない。

(一) 鉱業法第六四条は、公共の用に供する施設ならびに建物の地表地下とも五〇メートル以内の場所において鉱物を掘採するには原則として管理庁の承諾をえなければならないこととなつている。

(二) 右の掘採制限は、公共の用に供する施設ならびに建物が鉱業権設定の前にすでに存在したか、あるいは鉱業権設定の後に建設されたものであるかにはかかわりないのである。この場合、鉱物の掘採ができない地域ができたとしても、管理庁が鉱物を掘採することを拒絶することが鉱業法第六四条の規定に基づくものである以上、それは法律の規定から当然に生ずる結果であるから、鉱業権者は、当該管理庁に対して損害賠償の請求をなしえないと解すべきである。

第三  証拠(省略)

理由

一  成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第六ないし第一〇号証、第四九号証、証人岩田栄資の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第五、第一一、第三二号証、証人岩田稠の証言によれば、請求原因1の各事実及び、同2の事実中、原告が、昭和三八年七月一八日認可の施業案に基づき別紙図面のA箇所に切羽を設置して操業を開始し、更に昭和三九年春ころの鉱床調査をふまえて、昭和四二年七月二五日、別紙図面C箇所に新しい切羽を設置する新施業案(第一一〇号、第一一二号、第二〇六〇号の合併施業案)の認可申請をして、昭和四三年一月一三日その認可を得たことが認められる。

二  原告は、被告の町立中学校建設によつて鉱業権が侵害された旨主張するので、この点につき検討する。

1  被告が、昭和四三年二月一八日自衛隊施設大隊のブルドーザーを投入して、別紙図面C箇所近辺を切り崩したうえ学校建設用地の入口とし、その上方一帯を掘り返して整地を始めたこと、その後も学校の建設を進めてこれを完了し、第一一〇号鉱区と第一一一号鉱区との境界にある町道三二号線の南北両側から校庭に至る通学道二線を第一一〇号鉱区内に作り、同年一二月一八日町道第二〇四二号、同第二〇四三号として自ら路線認定を行なつたこと、その結果、原告は鉱業法第六四条により学校敷地一万二〇〇〇坪とその周囲五〇メートルの範囲内で鉱石を掘採することが不可能になつたことは、当事者間に争いがない。

2(本件中学校建設の経緯) 成立に争いのない甲第一三号証、第一六ないし第二三号証、証人岩田栄資の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第一四、第一五号証、証人山口麟三郎、同福田重治の各証言及び被告代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和三〇年ころ、被告が町村合併をした当時、小さい中学校は統合して一八学級程度の適正規模の学校を作るという文部省の指導があり、被告においては、旧小川中学と旧八和田中学を合併して小川東中学校を建設することとなり、〈1〉一八学級ということから、校地の面積は一万坪以上必要であること、〈2〉騒音等の公害のない学園としての環境のよい場所であること、〈3〉八和田地区、小川地区双方から了解を得られる場所であることという三つの条件を基準として選定作業がなされた。

(二)  右選定は、町議会で、全員協議会を開いて審議するとともに、昭和四〇年七月ころには、校地選定委員会を作り、〈1〉旧小川中学校の敷地、〈2〉日赤病院の前の大豆田耕地というところ、〈3〉町の火葬場のある谷合の耕地、〈4〉小川市街地の南神明河原というところ、〈5〉本件土地の五ヶ所を候補地として土木課で測量して比較検討をした。

(三)  その結果、双方の地区住民の賛成が得られ、立地条件、環境ともよいということと、昭和四一年には、本件土地の地主全員から、学校を誘致したいという要望が伝えられたこととから、昭和四二年一〇月、前記委員会で、本件土地に中学校を建設することを決定し、同年一二月町議会でその旨決議された。

(四)  原告は、昭和四二年一一月一七日付埼玉日報の記事により、被告が第一一〇号鉱区内の別紙図面C箇所を含む本件土地に町立中学校を建設しようとしていることを知り、被告に対して同月二四日「中学校々舎立地選定に関し上申の件」と題する書面をもつて、当該地区には原告の鉱業権が設定されており、今後の施業上採掘予定区域になつているので校舎敷地の選定に当つてはこの点を慎重に検討されたい旨の申入れを行つた。

(五)  被告は、昭和四二年一二月二八日以降本件土地の所有者から土地売渡承諾書を集めて各地主と売買契約を締結して本件土地の所有権を取得した。

(六)  原告は、昭和四三年一月「陳情書」と題する書面をもつて原告が施業案を申請していた事情、経営状況、学校建設に協力できる条件の申し入れをした。

(七)  被告としては、中学校の建設は既定の方針であり、学校建設は土地の通常の利用方法であるし、原告が本件土地付近の掘採につき鉱産税を納めなかつたことについて被告が昭和三七年ころ調査したとき、原告が、掘採しているものは滑石ではなく蛇紋岩であるといつたこと、又、新井埼玉大学教授の指導の下にボーリングを行なつた結果、本件土地に滑石はないという判定を受けたことなどから、本件土地には、鉱業法にいう鉱物は賦存しないから問題にならないと考えて、学校建設を進めた。

(八)  そのころの同年二月二〇日、原告から、「要望書」と題する内容証明郵便による書面をもつて、学校建設予定地を変更しないならば、正当な補償をするようにとの要求があつたため、被告は、損害賠償の支払義務はないが、町民と争うことは好ましくないので見舞金程度で円満に解決したいと考えたが、原告の要求額との差があまりに大きかつたため、折合いがつかないまま、学校建設工事を続行し、鉄筋二階建管理棟、鉄筋三階建普通教室棟、鉄筋特別教室棟、体育館各一棟及び鉄筋作りプール並びに運動場、通学道を建設した。

3  以上1、2に述べたところによれば、被告が本件土地を取得して、その上に中学校を建設したため、原告の鉱業権は制約を受けるに至つたものということが出来る。

三  そこで、次に、被告の右土地所有権の行使が、原告の鉱業権を違法に侵害するものとして不法行為を構成するかどうかを検討することとする。

鉱業権は、登録を受けた鉱物を排他的に掘採取得し得ることを内容とする権利である。

そして、鉱物掘採のための土地の使用について言えば、鉱業権者は、地表を使用するためには土地使用に関する権利を取得しなければならないが、地下の使用については、鉱業権の当然の効果としてこれを使用し得るものである。しかし、又、土地所有者の地下使用権が鉱業権の設定によつて失われるわけでもない。そうすると、土地所有者の土地所有権の行使によつて、鉱業権の行使に支障が生ずるという事態が起り得るわけであるが、この場合、右支障が受忍限度を超えるものでない限り、土地所有権の正当な行使に基づくものとして、右支障の原因たる行為に違法性はなく、鉱業権者は、不法行為に基づく損害賠償請求をなし得ないものと解すべきである。

しかして、受忍限度を超えているか否かの判断については、被侵害利益たる鉱業権の侵害された限度、所有権の行使としてなされた侵害行為(本件においては被告の学校建設行為)の態様等を相関的に判断して決すべきであるから、以下この点について検討することとする。

1  成立に争いのない甲第三三号証の一ないし五及び弁論の全趣旨によれば、被告が中学校を建設した土地の地目は、被告が中学校建設用地として買収した当時においては、その殆どが畑、田、山林であり(畑、田、山林以外のものがあつたか否かは証拠上判然としない。)、その中でも畑がその大方を占めていたことが認められるのであるが、自治体がこのような土地の所有権を取得して、そこに公立学校を建設するということは、土地の利用形態として異常であるとか特殊であるとかは到底言い難いものと考えられる。

2  町立中学校の建設という被告の行為は、次代を背負う少年少女に義務教育を受けさせるための施設を建設する行為であることからして、それが極めて公益性の強い行為であることは言うを待たないところである。

3  二項の次に認定の事実及びそこに掲記の証拠を総合すれば、被告が町立中学校の建設用地として本件土地を選定したことは、少なくとも、本件土地が原告が鉱業権を有する鉱区内の土地であつたという事実を捨象して考える限り、その相当性において欠けるところはなく、かえつて、右事実及び証拠を総合すれば、積極的にその相当性を肯認することが出来る。

4  本件全証拠を検討するも、被告に原告に対する害意があつたと判断すべきような事実の存在を窺わせる証拠は無く、かえつて、証人山口麟三郎、同福田重治の各証言、被告代表者本人尋問の結果及びこれらにより成立の認められる乙第二、三号証並びに証人岩田栄資、同岩田稠の証言を総合すれば、本件土地付近で掘採事業を行つていた原告が鉱産税を納付しないので、当時被告の税務課長であつた福田重治が調査したところ、原告は鉱産税を納めない理由について滑石が存在しない旨を述べた事実があり、又、学校の建設に際して行つたボーリングの結果も、滑石はないという原告の言を裏付けるようなものであつたため、被告としては、本件土地に学校を建設しても原告の鉱業権を侵害することにはならず、一方、学校の建設は極めて重要な公益的行為であり、かつ、土地所有権の行使として何ら相当性に欠けるところのない行為であるとの理解のもとに学校建設を進め、これを完成させたものであること、従つて、被告には、原告に対する害意などなかつたことが認められる(証人岩田稠は、鉱産税は、鉱区税を納めていたから納めなくてもよいと考えて納めなかつたものであり、蛇紋岩を掘採しているのだから鉱業権の適用を受けず、従つて、鉱産税は納めなくてよいのだと被告職員に言つたことはない旨の証言をするのであるが、岩田稠が鉱区税を納めれば鉱産税を納めなくてよいと思つていたなどということは到底考えられないこと、被告職員が右のような説明で納得して引き下がるとは思えないこと並びに証人福田重治及び同岩田栄資の証言に照らし、証人岩田稠の右供述は措信出来ない。)。

5  成立に争いのない甲第一、第二、第八、第九、第一七、第二七、第四八、第四九号証、証人岩田栄資の証言及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五、第一二、第二四、第二五、第三二号証、証人福田重治の証言及び弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二、第三号証、証人岩田栄資、同岡野武雄、同村山一貫、同山口麟三郎及び同福田重治の証言、被告代表者本人尋問の結果、鑑定人村山一貫及び同岡村三郎の共同鑑定の結果、鑑定人岡野武雄の鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下のように言うことが出来る。

(一)  原告は、滑石と石綿を目的とする鉱業権を有するものであるところ、本件土地中に存する岩石には、滑石や石綿は少量しか含まれていない事実を認めることが出来る。

(二)  本件土地中の岩石構成は、原告が従前鉱業権を行使して来た場所の岩石構成とほぼ同じであると認められるところ、原告は従前の鉱業権の行使においてたいして収益を挙げておらず、経営は苦しい状況にあり、減価償却を無視して考えた場合でも年間わずか一〇〇万円程度の利益であり、減価償却を考えた場合には経営は赤字であつたことが認められる。

しかして、右認定事実によれば、仮に原告が本件土地で鉱業権を行使出来たとしても、そこから挙げ得る収益は従前と似たりよつたりのものであつて、多額の収益は挙がらないであろうということが推認される。

(三)  原告は本件土地内において未だ鉱石を現実に掘採していたわけではなく、かつ、掘採のための土地利用権を取得していたわけでもないことが認められる。

しかして、原告が、土地利用権を取得せずに、本件土地において鉱業権を行使せんとする場合には、土地所有権による制約を受けて、その操業には相当程度の不自由が伴うであろうことは予想に難くないところである(証人岩田栄資も、採掘稼行のためには土地利用権の取得が必要であることを覚悟した供述をしている。)。又、土地利用権の取得については、原告は以前本件土地内の土地の所有者である千島と交渉して断わられた事実があり、右事実に照らせば、被告が本件土地に学校を建設しなかつたとした場合においても原告が、果たして、本件土地内のどれだけの部分について土地利用権を取得し得たか(し得るか)は、予断を許さないものがある(二項の2で認定したように、本件土地の地主らは、本件土地に学校を建設することを要望していたのであつて、このことを考えると、本件土地への学校建設が原告の強い反対により取り止められたとした場合には、原告が本件土地の所有者らから土地使用権を取得することについての困難の度合が増すであろうことは容易に推測されるところである。)。

(四)  以上(一)~(三)に述べたところを総合すると、被告の学校建設により原告の受ける被害の確実性、甚大性については多大の疑問があり、少なくとも、被害の発生が確実であり、しかもそれが甚大であることについての証明は不十分であると言わざるを得ない。

6  鉱業法第六四条は、「鉱業権者は学校等の公共用施設等の地表地下とも五〇メートル以内の場所において鉱物を掘採するには、他の法令の規定によつて許可又は認可を受けた場合を除き、管理庁又は管理人の承諾を得なければならない」旨を規定し、鉱業権者に制約を課している。しかして、右制約は、公共用施設等が鉱業権設定前に存在したか、鉱業権設定後に設けられたかにはかかわりないものと解すべきである。

そうすると、原告は、被告の学校建設により右制約に服さざるを得ないことになつたわけであるが、この事実は、原告の受けた不利益が受忍限度を超えているか否かの判断に当つては無視することの出来ない事実である(学校建設の是非との関連において原告の受ける不利益が問題にされている以上、その不利益が学校建設によつて法律上当然に生ずるものであるという理由で無視し去ることが許されないのは当然である。)。

しかしながら、また、前記条項によれば、国は、もともと、鉱業権を、前記条項に定めるような制約に服するという弱さをもつた権利として規定しているものと理解することが出来るのであつて、前記条項によつて原告の受ける不利益は、受忍限度を超えているか否かの判断において重要視されるべきものでもない。

7  以上1~6に述べたところを総合すれば、被告の学校建設により原告の鉱業権の行使に支障が生じたとしても、それは受忍限度を超えていないものと解するのが相当であり、少なくとも、受忍限度を超えているものと判断すべきような事実関係を認めるに足る証拠はないものと言わざるを得ない。

そうすると、被告の本件土地への学校建設行為は、違法性が認められないことになり、不法行為を構成しないものと言わざるを得ない。

四  以上の次第で、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の点につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

計算書

〈省略〉

別紙

試登第弐〇六〇号

〈省略〉

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